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2007年2月 2日 (金)

ピノキオと聖書

 ピノキオと聖書とは妙な取り合わせですね。

 ピノキオの話は皆さんご存知ですね。ゼペットおじさんが作った木の人形が、突然動き出して、大冒険をするというお話しです。

 散々失敗して海に落ち、大きな鯨に呑み込まれてしまったのですが、そこでゼペットおじさんと再会するのです。ピノキオが嘘をつくと鼻がどんどん長くなってしまいましたね。とても面白いお話です。

 実はこのピノキオの話の原型が旧約聖書の中にあるのです。ピノキオの元になった聖書の話をしてみたいと思います。

 旧約聖書に「ヨナ書」というのがあるのですが、この「ヨナ書」の話が原型なのです。

 ヨナは預言者なのですが、イスラエルの仇敵アッシリアの首都として栄えたニネベの町に、その罪を悔い改めさせるために神によって遣わされることになりました。

 ニネベという町は、紀元前612年にバビロニアによって滅ぼされますが、とても栄えた町だったのです。

 ニネベは当時異教文化の一大中心地だったので、ヨナは自分の力ではどうにもならないと思ったのか、ニネベとは反対の方に逃げてしまったのです。

 逃げる途中の海の上で、彼は大嵐に会い、船は沈没寸前という有様です。神が自分に対して怒っておられると思ったヨナは船員に自分を海に放り投げてくれと頼みます。

 彼を海に放り投げると、嵐は止み、海は穏やかになりました。

 そこに突然大きな魚が現れて彼を呑み込んでしまいます。ヨナは魚の腹の中で、三日間生き延びます。

 ヨナは神に反抗した事を悔い、祈ります。魚は彼を陸地に吐き出します。彼は助かったのです。

 彼はニネベの人たちに、悪から離れて、罪を悔い改めるよう語ります。神は40日後にこの町を滅ぼすと言われたからです。

 ニネベの町の王を始め町中の人が罪を悔い改めて、断食して神に祈ります。
神は彼らの改心を見て、町を滅ぼすのを止められます。

 普通ならば、これで、めでたし、めでたしで終わるのでしょうが、ヨナがへそを曲げてしまったのです。神が思い切りよく、彼らを赦されたので、その神の寛大さに怒ってしまったのです。

 彼はニネベの様子を見ようと陽だまりの中で座っていました。神は彼を暑さから助けるために大きな木を一日で育てて、日陰を作ってやりました。ところが翌日にはその木は枯れてしまいました。

 これを見て、またヨナは神に木が枯れてしまった事を惜しむと、神は「私がニネベの人たちを惜しむ気持ちはそんなになま易しいものではない」と言われた。

 神が異邦人にもどんなにか心を痛めておられるかということであります。

 ヨナが三日間魚の腹の中にいたということはイエス自身が十字架上の死後三日目に甦られるということの予告的な意味(予言)を持つものであります。

 かくして、この「ヨナ書」の話が原型となって「ピノキオ」の話が生まれたのであります。

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コメント

「ピノキオと聖書」読ませていただきました。ピノキオは原作ではサメに飲まれますが、ディズニーはクジラですね。昔日曜学校で紙芝居を作った時の原稿から、私の空想で小説にしてみました。よろしければ、一見ください。

http://p.booklog.jp/book/55689/read

投稿: 長光一寛 | 2014年2月18日 (火) 16時50分

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