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2008年7月10日 (木)

父と子

  キリスト教の特徴の一つは、神と人間の関係を父と子の関係と捉えていることであります。

 最近のわが国の親子の関係はどうであろうか。親子間での殺人や虐待など日常茶飯事になっている感があります。勿論、悪いニュースしか新聞紙上を賑わすことがないかでしょうが、、、。

 今日のわが国の大きな課題は夫婦の関係や親子の関係や兄弟の関係、即ち家庭の問題であろう。

 父と子の関係が主体となるキリスト教は、後ほど文末にその全文を書いておきますが、「放蕩息子」に代表されるであろう。

 新約聖書を見ると、神を父と呼ぶのは、父と捉えるのはイエスの独創と言っていいかもしれません。

 しかし旧約聖書の中でも、神と人間の関係を、父とこと捉えている箇所があるのであります。次の箇所がそうであります。

     旧約聖書 申命記 三十二章 

32:1 「天よ、耳を傾けよ、わたしは語る、地よ、わたしの口の言葉を聞
         け。

32:2 わたしの教は雨のように降りそそぎ、わたしの言葉は露のようにし
        たたるであろう。若草の上に降る小雨のように、青草の上にくだる
        夕立のように。

32:3 わたしは主の名をのべよう、われわれの神に栄光を帰せよ。

32:4 主は岩であって、そのみわざは全く、その道はみな正しい。主は真
        実なる神であって、偽りなく、義であって、正である。

32:5 彼らは主にむかって悪を行い、そのきずのゆえに、もはや主の子
        らではなく、よこしまで、曲ったやからである。

32:6 愚かな知恵のない民よ、あなたがたはこのようにして主に報いる
        のか。主はあなたを生み、あなたを造り、あなたを堅く立てられたあ
        なたの父ではないか。

 5節では、イスラエルの民は「もはや主の子らではない」とはっきり断定されているのであります。人間の側からすると、もう絶望的であります。子ではないと言われているのですから、、、。即ち、子が子でなくなったら、父は父でなくなるということであります。人間としては、全くのお手挙げであります。

 しかし、6節を見てみよう。

主はあなたを生み、あなたを造り、あなたを堅く立てられたあなたの父ではないか。

 と全く予想だにしなかった、意外な言葉が語られているのであります。

 父なる主に対して、悪いことばかり働いてきているイスラエルの民に、「私はあなたたちの父であり続けるよ」と言われるのであります。

 子が子でなくなっても、父は依然として父なのであります。

 人間が祖告げるのではなく、愛であり、義であり、聖でありる父なる神が、「私はあなたたちの父である」と言われるのであります。ここに神の愛があるのであります。

 この父の愛が、新約聖書の世界でイエスを通して展開されて行くのであります。

 この点をよく理解して、次の新約聖書の箇所を読んで見ましょう。

更に、私たちの父と子の関係や親子関係を振り返って見ようではありませんか。

            新約聖書 ルカによる福音書 十五章 十一~三十二節

15:11 また言われた、「ある人に、ふたりのむすこがあった。

15:12 ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたし
          がいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けて
          やった。

15:13 それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめ
          て遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果し
          た。

15:14 何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあった
          ので、彼は食べることにも窮しはじめた。

15:15 そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、
          その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。

15:16 彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであった
          が、何もくれる人はなかった。

15:17 そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり
          余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうと
          している。

15:18 立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対して
          も、あなたにむかっても、罪を犯しました。

15:19 もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人の
          ひとり同様にしてください』。

15:20 そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父
          は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。

15:21 むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむか
          っても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はあり
          ません』。

15:22 しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出して
          きてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさ
          い。

15:23 また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではな
          いか。

15:24 このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つ
         かったのだから』。それから祝宴がはじまった。

15:25 ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの
         音が聞えたので、

15:26 ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。

15:27 僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えた
          というので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。

15:28 兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめる
          と、

15:29 兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一
          度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと
          楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。

15:30 それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶし
          たこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふり
          なさいました』。

15:31 すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、
          またわたしのものは全部あなたのものだ。

15:32 しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなって
         いたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。

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