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2011年1月31日 (月)

働く

  働くということは貴いことである。そして人は働くことによって、自分を高めていくことも出来る思う。そうすると働くかということが問題になって来ると思う。情熱を持って働くか、いい加減に働くかである。

 松下幸之助氏が「働く」ということで、次のように語っている。

 人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である。だが、今までよりも一時間少なく働いて、今まで以上の成果をあげることも、また尊い。そこに人間の働き方の進歩があるのではないか。
               松下 幸之助

 今日までは、確かに、人よりも一時間でも多く働く人は、勤勉であり、本当によく働く者である。時には、賞賛の的になることも在る。勿論、今の世の中でもこのような勤勉な人はいるものである。そして働き者と人びとから言われるのである。

 しかしそこで、松下氏が言われることも起って来るのである。

 少ない時間で、今までと同等の、いやそれ以上の結果を残す。このことが今起っているのである。

 いろいろな分野でこのことは起っている。少ない時間で、大きな仕事・結果を!

 仕事でも、勉強・研究でも同じことが言えると思う。松下氏が言っているように、人間の進歩と見られるように、少ない時間で、大きな成果を上げるように各人が努力・工夫して行かなくてはならない。

 しかし焦ってはならない。焦っては成るものも成らなくなるからである。

「焦り」は人の歩む道を踏み誤らすものである。事をなすのに、焦らず行きたいものである。

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2011年1月29日 (土)

負け

 人生にはいろいろな勝ち負けがある。

何とか勝ちたいものである。スポーツは勝つことを目的に頑張っている法理。一年間、練習を通しての積み上げてきたもの、それによって勝敗が決まるのである。厳しい勝負の世界である。

 人生にも勝負がある。やはり勝ちたい、しかし勝たないで、負けることについて次のように言っている人がいる。

 勝負は負けたときから始まる。弱さを知った時、己の成長が始まるんだ。人並みやっていたら、人並みしかならない。
     神永 昭夫・・柔道家・東京オリンピック銀メダル

 人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ。  リチャード・ニクソン

 人間、一生懸命にやっていても、負ける時は負けるものである。負けた時に諦めて、放棄してしまったら、これこそ本当に負けたのである。

 負けたら何が何でも這い上がって行くぞという強い意思が必要なのである。その時初めて、神永氏が言うように、己の弱さを知り、そこから成長が始まるのである。負けて落ち込んでしまっては駄目なのである。負けをばねとしては生きる時、その人の人生は勝利への道へと導かれて行くのである。

 そう、ニクソン氏が言うように、負けは決して終わりではないのである。負けは再出発のスタートなのである。負けて辞めてしまったら、それではもうお終いなのである。

 人生生きて行く上において、負けることもあろうかと思う。私は人生8勝7敗でいいといっているのであるが、負けたときは、その負けをばねに頑張ろうと決心し、努力を続けていくのである。その結果、七敗してもいい、そして最後に確固たる勝利を収めるのである。これが私の8勝7敗の人生論なのである。

 二人の言葉をもう一度噛みしめて味わって見たいものである。

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2011年1月27日 (木)

怒り

 「怒ること遅く」というのは、誰しも願うところではないだろうか。

 私たちは、何かすると直ぐ、怒ってしまう。自分を抑えることが出来ないのである。

 ここに、興味深いことを言っている人がいる。

  「怒りは奇妙な用法を有する武器である。他のすべて武器は、人間がこれを用いるのだが、この武器は我々を用いる。」  モンテーニュ

 彼が言っているように、私たちはいろいろな武器を操ることが出来、武器を用いて、創造的な働きをする。武器といっても、何も人間を殺傷する道具だけではないのである。平和を作り出す武器、文化を作り出す武器、いろいろな武器があるのである。

 しかし、彼は言う、「怒り」という武器だけは、私たち人間には、これをうまく使っていく、用いていくということが出来ない。逆に、私たちは「怒り」という武器に使われてしまうのである。即ち、怒りを発してしまうのである。

 決して起らないでおこうと強く決心したのも関わらず、つい怒ってしまう。げに、怒りとは怖いものである。

 「怒りによってあかくなる人々は、怒りによって青くなる人々よりも恐ろしくない。」   デカルト

 この言葉もまた真実であろう。顔の赤くなる人は案外怒っても、怒ったらスカッとしている人が多いようである。後まで、尾が引かないように思われる。

 しかし、怒ったら、顔が青くなる人は怖いのである。その時だけでは収まらない。いつまでも尾を引くのである。怒りプラス恨みといった感じがする。

 もし、自分が怒られたら、出来るだけ早く仲直りをすることである。怒りだけは尾を引かさないようにしないといけない。怒りが恨みに変わって行くからである。

 出来るだけ怒らないように、出来るだけ怒るに遅くあるようにしよう。 

 

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2011年1月26日 (水)

自由

 人間誰しも自由を求めるものである。自由が欲しい、自由になりたい、しかし自由と言ってもいろいろとあるものである。

 ここに、アメリカの精神分析者であるエーリッヒ・フロムの言葉がある。著作には「自由からの脱走」がある。

  かれは「・・・からの自由」の重荷に耐えていくことは出来ない。彼らは消極的な自由から積極的な自由へと進むことが出来ない限り、結局自由から逃れようとするほかないだろう。  エーリッヒ・フロム

 彼は消極的な自由、積極的自由と言っているが、実は自由には二つあるのである。

 英語で言うならば、"freedom "と"liberty"である。前者は「~からの自由」である。それに対して、後者は「~する自由」である。

 フロムがいう消極的な自由とは「~からの自由」であり、積極的な自由は「~する自由」であろう。

 誰も束縛されたくないという気持ちがあり、規則や義務などからの自由を求めたがるものである。この自由も非常に大切な自由であり、確保したいものである。

 しかし、このような「~からの自由」で満足していてはならないと言うのである。

 そこで積極的な自由を求めていかなくてならないのである。「~する自由」を確保して始めて、自由人と言えるのである。

 「~する自由」を求めて行かない限り、いつまでたっても、何者かに束縛されているのである。そしてせいぜい、「~からの自由」を求めるだけに終わってしまうのである。

 「~からの自由」も大切であるが、「~する自由」を求めて、真の自由を満喫したいものである。

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2011年1月24日 (月)

貝原益軒

 今回は貝原益軒の言葉を読んでみようと思う。

 貝原益軒と言えば、「養生訓」で有名であるが、江戸中期の儒学者であり、本草家でもあった人である。「養生訓」があまりに有名なので、あまり知られていないが、子女のために書かれた「和俗童子訓」というのもあるのである。

 「人生は日々に飲食せざることなし。常に慎みて欲を越えざれば、過ごし易く病生ぜず。古人災いは口より出て、病は口より入ると言えり。口の出し入れ常に慎むべし。」  貝原益軒 ・ 養生訓

 古今東西を問わず、「欲」を超えるというのは良くない。
欲を超えれば、結局は身を滅ぼすのである。

 どの世界・分野においても言えることである。
飲食の点で言うならば、貝原益軒が言っているように、欲を出し、過ぎたれば、病に陥るというのである。即ち、欲を出さないで、飲食するならば、非常に快適な生活を送ることが出来、病に陥ることもないというのである。

 私などは、食べることに関しては卑しい方であり、あれば、出されれば、何でも、すべて頂くというタイプである。貝原益軒の言葉に一番悖(もと)る者かもしれない。

 一番心しなくてはならないものである。

 口の出し入れは慎むべしとも言っているが、まさにその通りである。

 イエス・キリストは次のように言っている。

         マルコの福音書 7章 18~23節

7:18 すると、言われた、「あなたがたも、そんなに鈍いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ないことが、わからないのか。

7:19 それは人の心の中にはいるのではなく、腹の中にはいり、そして、外に出て行くだけである」。イエスはこのように、どんな食物でもきよいものとされた。

7:20 さらに言われた、「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。

7:21 すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、

7:22 姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。

7:23 これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。

  イエスの言葉も熟読し、心の中から出てくるものに十分注意して、愛の言葉を、人を生かす言葉を、感謝の言葉を口から発するようにしたいものである。

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2011年1月22日 (土)

動く

  最近は、運動することが奨励されている。確かに、人間、身体を動かさないといけないと思う。これも確かに、パスカルが言うように、「人間は考える葦」であるが、しかし人間はそれでもやはり身体を動かさないといけない。

 私も齢、70歳を3つも超えてしまっている。つくづく思うのは、体がいう事を効かなくなって来ているということである。それゆえ、いっそう身体を動かす必要を感じるのである。

 しかしこのことは若い人についても言えることである。

 西田哲学の西田幾多郎氏は
     
「私が行為するがゆえに私がある」と「哲学の根本問題」という著作の中で言っている。この言葉を思うに、直ぐに思い出すのは、デカルトの「我思う故に我あり」である。

 行為する・動く、故に私が存在するのであると言う。私をして私ならしめているのは、とりもなおさず、行為・動くことなのである。

 人間は、パスカルやデカルト言うような存在であり、そうなくてはならないのだが、一方では、行動する人間が存在意義になっていることをも知らなくてはならないであろう。

 最後にもっと具体的なことを聞いて見たいと思う。

   「大地を一歩一歩踏みつけて、手を振って、いい気分で、進まねばならぬ。急がず、休まずに。」
    
志賀直哉 「暗夜行路」

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2011年1月18日 (火)

道徳と宗教

 今回も梅原猛氏の文を読んでみよう。

     道徳の死

 今でも時々倉に入れられた夢を見る。真っ暗い倉の中で泣きわめいても出してもらえない夢である。それは幼時の記憶であるが、私は母に二度ほど倉に入れられた。
 下人はひどく小さいことであった。ちょっとしたウソをついたとか、人のものをむやみに欲しがったということであったと思う。けれど、こうした小さな過失を母は決して許そうとはしなかった。母は徹底的に私の過失を責め、懲らしめに倉に入れた。私は恐怖に怯え、二度とウソをつくまいと心に誓った。その母は養母であったが、食うものも食わず、着るものも着ず私の養育に全力を注いだ。しかし道徳だけは別であった。いささかのウソも、母は決して許そうとはしなかった。
 私はこの頃、現代の母親は道徳のために子供をこんなに叱るかどうかをいぶかしむのである。確かに現代の母親は通知簿の点数が悪いことで子供を叱る。しかし、子供に道徳を教えるために、厳しく叱ることがあるかどうか疑問である。
 現代の母親も、父親と同じく子供に関してあまりに寛容である。この寛容であることは民主的道徳のせいであるより、親に道徳的確信がないせいであるように思われる。われわれ現代の父親、母親は、一時代前の父親、母親のような道徳的バックボーンを持っていない。われわれの道徳的バックボーンは、戦後の価値改革のために、へなへなに折れ曲がり、へなへなに折れ曲がることによって、かえって、時代の変化と共に、自由に生きる功利的な知恵をわれわれは発明した。
 こうした親に育てられた子供がどういうことになるのか。子供は恐らく、親以上に道徳的確信を持たない。彼は親がひそかに持っていた道徳に対する懐疑を、赤裸々に、告白する。彼は一切の道徳を認めず、ひたすらその本能と欲望に忠実な人間となる。われらの世代を挟んで、道徳への確信が急激に弱まって行く。
 明治時代は、私は、科学のために宗教を否定した時代であると思う。昭和時代は、私は、生産のために道徳を否定した時代になるのではないかと思う。宗教と道徳を捨てて人間は何処へゆくのか。それは倉の中より、もっと深い深い闇の中でなかったら幸いである。

  最近は、親が抵抗することの出来ない、幼児に虐待を加え、非常に残虐な状況を生み出している。

 このような事件は日常茶飯事におきている。全く、彼らのは親になる資格はない。本当に、彼らが鬼のようである。いや鬼である。

 よく考えれば、彼らは親から愛されたことがなく、躾けられたこともないのであろう。そして彼らの親もまた親から十分には躾けられていなかったのであろう。

 道徳というものがどのようなものであるかも知らなかったのであろう。ましてや、宗教というものも知らなかったのであろう。

 現代人は、親も子も、道徳というものにあいまいな考えしか抱いていないであろう。彼らに道徳、倫理というものがあるなら、それは自分を基準にした道徳であろう。

 梅原氏が行っているように、道徳と宗教は死んでいると言えるかも知れない。

 今日こそ、道徳や宗教を考える時ではないだろうか。学校でも、道徳の時間というものが、おざなりなものでなく、人間が社会の中で生きていく上での最低のルールとして、先ずは学んでいかなくてはならないと思う。

 正に、今こそ道徳や宗教の出る幕である。

 道徳や倫理だけに留まらず、自分を超越したものとのかかわりをも、真剣に考えていかなくてはならないであろう。これが宗教である。

 私は神を信じ、イエス・キリストを信じ、自分は生かされているのだという思いで一杯である。生かされているという思いが、人間の生きる道を示してくれるであろう。

 道徳と宗教の出る幕に、私たちも登場人物として関わって行きたいものである。

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2011年1月16日 (日)

水に思う

 哲学者、梅原猛の小文を一緒に読んで見たいと思う。

           水に思う

 先ごろ、聞いた話であるが、都会の小学校で、’水’という題の作文を書かしたら、水というのは水道から出てくるもので、ゴハンをたいたり、オフロにはいったりすることができる。大変便利なものだと書いた小学生があったそうな。水のイメージは変わったものである。
 私の子供の頃には、水という名で思い浮かべるのは、先ず川の水、池の水、田の水など自然の水であり農業生活と密接に関係している水であった。しかし、今の子供は水といえば、水道から出て来て、日々の欲望を満たすものを考える。
 それは、はっきり農業時代から工業時代への推移を語るものであろうが、私は、人類は文明の工業化に成功するかどうか、はなはだ不安に思っている。工業文明は、そもそも自然の改造、あるいは自然の征服の思想の上に立っている文明であるが、人間は、自然改造を試みるには、まだはなはだ理性の低い発展段階にあり、人間の道徳的品性は、自然征服を試みるには、あまりに低俗すぎるのではないかと私は思う。理性も発達せず、道徳的にも低俗な人間が、自然改造だの、自然征服だのを試みる時、彼がバカにした自然が、人間に復讐し、人間は滅亡への道を辿らざるを得ないのではないかと思う。
 水は川や池の水から、水道から出る水となったわけであるが、この頃、その水がひどく臭くなった。これからの子供は、水というものは臭いものだと思うに違いないが、この臭い水すら飲めなくなる恐れがあるという。清冽な川の水を、手ですくって飲む昔が恋しくなるが、私は何だか人間は自分の手で、自分の首を絞めているような気がして仕方がない。

 人間の物心両面においての未熟さ、それ故に出て来る人間の傲慢さが梅原氏が言っている、水の変化になって現れたのだと思う。

 人間の傲慢さが、神の出る幕にまで侵そうとしている。それが、川のような自然な水と、水道の水に変え、更には臭い水道の水に変えていく。

 人間に謙虚さが求められるのである。謙虚のみが人間を救うことになるかもしれない。水のイメージを水道の水から自然水に取り戻すのはもう不可能かもしれない、そこまで来ているのであるが、人間に与えられた最後のチャンス、これを逃さず、謙虚を学ぼうではないか。

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2011年1月14日 (金)

井戸の水

  S・カンドウ神父の日記を読んで見たいと思う。

 1947年1月3日                   
  
  
リディ・アドルフ(仏の哲学者でベルグソンの友人)を読む。私はベルグソンの宗教哲学についての、彼女の著書の結論が好きだ。
 「われわれはみ
な井戸は持っており、われわれの身体はそん縁石である。だが多くの場合、われわれはそれを知らない。ある時は水がなくなりはしまいかと井戸の水をこぼさないようにする。けれど井戸の水が涸れた例はないのだ。われわれは井戸を持つ権利があり、その水を汲み出すことが出来るのだが、これを知らないのはわれわれ自身なのだ。井戸の水は汲めば汲むほど豊かになり、どんなに惜しみなく与えてもいつも同量の水が称えられている。つるべは使えば使うほどその働きになれ、水を汲む人にとって使いよいものになる。井戸の水は凡ての井戸に水を送る地下の水脈から汲み上げられ、水脈の清く透明な水は岩の間の清水から流れ出ている。」
 プラトンはいった。「神は、外に現れているのではなく、すべての人の心の中にある。だが、人はそのことを知らない」と。

 私たちは井戸を持っているということ、この事実を知ることは大切なことである。井戸の水は私たちの中で、清水が湧き出ており、清水をたたえているのである。ただ、私たちはこの事実を知り、この清水を飲むだけである。

 その清水は私たちが渇くことなく、いつも口にすることが出来るのである。この水を飲むならば、精気に溢れ、元気になり、愛で溢れ、心豊かになるのである。そして、永遠の命に預かることも出来るのである。

 私たちの中の井戸に、井戸の水に、泉に気が付こう。

 プランが言っているが、イエス様の言葉として、既に語られているのである。

 神の国は、実にあなたがたのただ中にある。 ルカ 17:21

     

   ヨハネ 4:13・14

4:13イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。

4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。

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2011年1月12日 (水)

不可知論者

 今回は哲学的な深いことはよく分からないけれども、不可知論者について少し書いて見たいと思う。

 先ずは、ヒルティの言葉を聞いて見たいと思う。

 今日、純然たる唯物主義を信じ得ない教養人の間に大いに広まっている不可知論は、結局のところゲーテの人生観であったし、一般に彼の特別の崇拝者たちのそれでもあるが、この不可知論について、カーライルの伝記に、なかなか気のきいた言葉が記されている、「不可知論は、それでもって上等のパンが焼けそうな、実にきれいな小麦粉のように見えるが、しかし試して見ると、ガラスの粉末に過ぎない。」
 これは全く真実である。人は不可知論で生きることは出来ない。それはただ見た目に美しく、自己欺瞞に適するだけである。しかし、カーライル自身はこの思想を完全に乗り越えたわけではなかった。というのは、彼はただ堅苦しくつめたいスコットランドのカルヴァン派の形でしかキリスト教を知らなかったし、それに満足できなかったからである。
 「希望と愛とが目指すものは、決して成就することのない完全性である。それでもなお、堅くそれを抱き続けるならば、人生の塩となり、杖となる。」
     カール・ヒルティ
        眠られぬ夜のために Ⅰ 二月二十三日

 「不可知論」を辞書で見てみよう。

 所与の感覚的経験以上の実在(究極的真理・神など)を人間は知ることは出来ない立場。そうした実存を有りとした上での主張と、その有無すら知られぬとする主張とがある。  スーパー大辞林

 哲学で、経験や現象とその背後にある超経験的なものや本体的なものとを区別し、後者の存在は認めるが認識は不可能とする説。また、後者の存在そのものも不確実とする説。  デジタル大辞泉

 不可知論というものを、カーライルの伝記で、カーライルは非常によく、しかも分かりやすく、いい当てているように思う。

 不可知論、それは見た目には素晴らしく見えるのであるが、実際、生活をする時には、それに寄りかかることは出来ないのである。何か、はしごを外されたように感じるのではないだろうか。

 勿論、ゲーテを先頭に多くの不可知論者はいます、彼らには彼らの主張があるかと思うが、私には彼らは夢見ているように思えるのである。

 感覚的経験以上の実在は実在するのである。

 感覚的経験以上の実在の実在するとするのは、これが信仰というものかも知れないが、確かに実在するのである。

 私にはちょっと手に負えない表題だったかもしれないがこれが今の私が思い、信じているところである。

 

 

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2011年1月10日 (月)

スタート

 私たちは一日をどのようにしてスタートするであろうか。

私たちの教会の牧師は、毎朝、「今日もまた天国の一日です。感謝します。」の言葉で一日をスタートし、「今日もまた天国の一日でした。感謝します。」で眠りにつきます。そして私たちに意義を説明し(説明無くとも自明の理なのだが)、私たちにもこのことを勧めるのである。

 私もまた牧師にならい、同じようなことを告白・宣言して一日をスタートしている。

 私は次のように言っている。「今日もまた天国の一日です。今日もまた勝利の一日です。今日もまた喜びの一日です。今日もまた感謝の一日です。感謝します。」と。「勝利や喜びや感謝の一日」は、すべて「天国の一日」という言葉に集約されるかと思うが、私は敢えて、先述のようなことを言って、朝起きることにしている。牧師の言うことに全く首肯するものである。

 一日24時間生活する中では、いろいろなことが起って来るものである。自分にとって、辛いこと、嫌なこと、凄く否定的なことも起ってくることもあるのであるが、今日まで、感謝なことに、これらマイナス面のことは、「今日もまた天国の一日です。今日もまた勝利の一日です。今日もまた喜びの一日です。今日もまた感謝の一日です。感謝します。」の言葉に包み込まれてしまってしまうのである。本当に感謝なことである。

 ヒルティは次のように言っている。

 毎朝かならずよい考えを持って始めなさい。決して心配や溜息をついて始めてはいけない。そうすれば暗雲を突き破る日光をわずかなりとも一日中持つであろう。
   カール・ヒルティ
       眠られぬ夜のために Ⅱ 八月五日

 ヒルティはより具体的に私たちに語っている。これもまた真である。

私たちはどんなことがあっても、そのことを突き破ってくれるだけの日の光を心の中に持たなくてはならないのでる。

 光とは何か、これは一人一人が求めていかなくてはならないことである。私の場合は、その光とは、イエス・キリストである。

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2011年1月 8日 (土)

平賀源内

あるという。 書くのが暫く振りである。やはり書かないと何かすっきりしない感じである。

 今日は、平賀源内について書いて見たいと思う。

 平賀源内について知っていることは、江戸中期の人で、本草学者であり、戯作者であり、エレキテルの実験者ということくらいである。

 彼は本草学や国学や蘭学を江戸や長崎で学び、鉱山の開発やら物産事業やら、とにかく何でも言っていいくらいに、いろいろなことに手を出しており、しかもそれが一流であるときている。とにかく凄い人物である。

 彼は言っている。

 考えて見ては何でも出来申さず候。我らはしくじりを先にし候。   平賀源内

 実に実行の人であった。昔よく言った言葉に、「考えてから、走る。歩きながら、考える。走ってから、考える。」それぞれの型にはそれを代表する国民が示されていたのであるが、それは忘失してしまったが、、、。平賀源内は最後の、「走ってから、考える」であろうか。彼は先ずやってみることが大切であるという。

 彼の盟友と言っていいくらいの友に杉田玄白がいる。杉田玄白と言えば、我々の小中学生であった頃、彼が前野良沢と共に、オランダ語で書かれた「ターフル・アナトミア」を翻訳した「解体新書」の一部を暗誦させられたものである。「腑分けを見たりし翌日、、、、」と。

 杉田玄白は「ターフル・アナトミア」を鎖国化という時世がら、いろいろな迫害に会いながらも、また「誤訳だらけ」という後世のそしりを覚悟で、只ひたすら、一途に、病気解明のために、翻訳に取り組んで、「解体新書」の出版に漕ぎついたのである。

 物事に対する姿勢・気概というものは、平賀源内と杉田玄白には合い通じるところがあるのではないだろうか。

 先駆者と言われる人はこのような人たちのことなのであろう。

 その杉田玄白が平賀源内について言っている。

 君人となり磊落不羈、少(わか)くして才弁あり。海内賢愚と無く悉く其名(そのな)を知る。

 凄い、友に対する人物評である。

 平賀玄以の失敗はたくさんあるという。源内は書いている。

 時に合わぬは持ち前なり、されども人と生まれたお礼として、国恩に報じようと心を尽くせば、世の人、我を評して山師という。

 先駆者とはそのような運命にあるのかもしれない。

 

 

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