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2011年6月10日 (金)

沈黙

  「沈黙は金なり、雄弁は銀なり」という。雄弁によって、納得させられ、その人の話の中に吸い込められるような時がよくあります。勿論、雄弁に語るということは何も悪いことではありません。それは一つの弁術であって、それによって、善に導くことも、悪に導くことも出来るのであります。

  その意味で、「雄弁は銀」と諺は言っているのであります。

あだ、雄弁に語るより、場に夜tれは黙っていたほうが、沈黙を保っていた方がいい時があるのであります。そのような経験は皆さんも経験済みではないでしょうか。

 「目は口ほどにものを言い」という諺もありますが、沈黙も、ただ黙っているのではないのです。

 沈黙の理解があるように、沈黙の怒りや反抗もある。
 黙っている人を畏れなくてはいけない。
       亀井勝一郎

 話すだけが能でありません。黙っている、沈黙しているということが非常に大きな力を持つことすらあるのであります。

 沈黙の勧め、沈黙することを学びましょう。
沈黙に関するいくつかの言葉からどのようなときに、どんな風に沈黙を保つか、逆に言うならば、どういう時に雄弁に語るべきか、そのことを学んで欲しいものであります。

 沈黙は愚人の知恵であり、賢者の美徳である。
            仏の思想家 ボナール

 沈黙を学べ、ああ、わが友よ! 言葉は銀にも等しい、
 ただ時にかなった沈黙は金だ。
            ベートーベン

 ベートーベンは森の中に入って、思索するのが大好きだったと言われています。それだけに、無意味な言葉にも、敏感で、かえって煩わしかったのでしょうか。それに、耳がいくらか不自由だったということもあって、言葉を語られるよりも、沈黙であってもいい、心と心が通じることを願ったのではないだろうか。

 それにしても、ベートーベンが語る言葉には真実があると思います。

  

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