« 短気 | トップページ | 沈黙 »

2011年6月 8日 (水)

喜び

 喜びというものは非常に大きいものです。喜びを感じる人の人生を一変させる、そういった力があります。

 本来、人間は喜びを感じるようになっていると思います。ただ、何処かに喜びを感じる心を置き忘れてきているのであります。

 聖書からいくつか言葉を聴いて見たいと思います。

  目の光は心を喜ばせ、良い知らせは人を健やかにする。   箴言 十五章 三十節

 目が輝いている。特に子供たちの目の輝きは素晴らしい物があります。どの国の子供たちも目が綺麗に澄んで、輝いています。これほどの喜びは他にないでしょう。

 大人も子供の目のように、目の輝きを取り戻さないといけないと思います。大人の打算の働く世界に、目も空ろになってしまうのでしょうか。濁った目の色になり、濁った輝きになってしまうのでしょうか。目に輝きを取り戻そうではありませんか。

 「正直者はバカを見る」、私は決してバカを見ることはないと信じていますが、仮にバカを見たとしてもいいではありませんか、正直者が一人でも増えてくるならば、それだけ、目の輝いている人たちも増えてくることになります。そこには喜びがあります。やがては喜びが充満することでしょう。

 心に喜びがあれば、顔色をよくする。心に憂いがあれば、気は塞ぐ。  箴言 十五章 十三節

 目の輝いている人の顔色は非常にいいのではないだろうか。血色がいいという、これ、目の輝いている人の顔色のようすであります。喜びに溢れている人の顔であります。

 聖書は言います。「いつも喜んでいなさい」と言っています。

    喜べば、喜びが喜び連れて喜んでやって来る。

この言葉は真実であります。次の言葉も真実です。

   悲しめば、悲しみが悲しみ連れて悲しんでやって来る。

  喜べば喜ぶほど、喜びは二倍にも三倍にも倍化されていくのであります。

 何時も喜びましょう。

|

« 短気 | トップページ | 沈黙 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 喜び:

« 短気 | トップページ | 沈黙 »