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2011年6月20日 (月)

何を当てにする

 世の中には何も当てにしないで、なんでも自分で出来る、自分が一番なのだと言っている人が沢山います。

 自分を信じ、自分を頼りにしている。このような生き方をしているのです。

 しかし今回の東日本大震災で、今まで絶対安全だと、一番頼りにしていた、いや全幅の信頼をしていた原発神話がもろくも崩れ去ってしまった。

 津波対策然りであります。人間の計算をはるかに超えた大津波が来たのであります。

 何を頼りにするか、何を当てにするかであります。

 カール・ヒルティが次のように言っています。

  「兄弟たちよ、神のみが偉大なのだ。」生前「大王」と呼ばれることを好んだルイ十四世を弔う弔辞の冒頭にあるこの言葉は、それが確信となった時には、神以外のもっと別なものをいつもーいつも間違っているわけだがー当てにしている現代のすべての政治的社会的ものの見方を変えてしまう。あなたは出来るなら、そういった神以外の偉大なものから遠ざかりなさい。真の教養は、普通の教養とは逆に、まったく本質的にこの点を基礎としている。
    カール・ヒルティ
       眠られぬ夜のために Ⅱ 四月八日

 「兄弟たちよ、神のみが偉大なのだ。」という言葉は、ルイ十四世の最後の言葉か、取り巻きの人たちの言葉なのかはよく分からないけれども、亡くなる前に、「神のみが偉大だ」と言うのではなく、若い時からこのような言葉を言うことが出来るならば、その人の人生は祝福されるでしょう。

 菅首相がなかなか辞めるとは言わないで、これこれをするのが私の仕事と言って、延命している、そしてまたあれをするまではといって首相の座にしがみついています。

 ちょっと醜い姿ですが、本人には見えていないのです。正に裸の王様ですね。

 菅首相には、彼が頼りにするものは何もないように思われます。学生時代の学生運動では、デモをするときは、菅さんはいつも前から4列目にいたと言われています。3列目までは、もし警官隊と衝突したら、逮捕される可能性が非常に大きいが、4列目にいればほぼ逮捕されることはないと言われていて、彼はいつも4列目にいたということであります。

 菅さんは自己顕示欲は非常に強いが、危険は冒したくない、内弁慶的なところがあるのでしょうね。

 菅さんが真に頼りにするものがあれば、もう少しましなことがなされていたのではないだろうか。

 何とか早く、原発事故が収束することを願っています。これは一歩誤ると、日本沈没のなりかねないことでありますから、事故の解決を願わざるを得ません。

 真に頼ることの出来るものに、頼ることが出来るように謙虚に自分を見つめて行きたいものであります。
    

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