2009年10月18日 (日)

約束

  約束、私たちは他の人とよく約束をするものである。そして、お互いがその約束を守り、その約束を果たすのである。それが人としても道である。

 中には、約束は簡単にするが、しかし約束を簡単に破る人もいる。これは人の道を外れたことになる。

 約束というものは人間関係においては非常に重いものである。お互いの信頼関係と大いに関わるものである。

 私が大学時代に卒論に選ぼうとして、選べなかったのであるが、英国の作家である ジョン・バニヤンの天路歴程の中での言葉を記しておこう。
(余談になるが、「天路歴程」を卒論のテーマにしたいと教授に言うと、ウチの英文科では指導するものがいないから、やりたいならば、神学部でないと出来ないよといわれ、結局、「緋文字」のナサニエル・ホーソンを選んだのである。)

  「私はふところに約束という鍵を持っている。それはどん
  な錠でも開けることが出来ると聞いていたんだ」。
   すると有望氏は言った。
 「それは耳よりな話だ。懐中から出して、試してごらんな
    さい」。
                    天路歴程

 神様の約束というのは、まさにどんな錠でも開けることの出来る鍵なのである。神様の私たちへの約束は物凄くたくさんあるが、その約束は必ず成就する約束なのである。そして私たちが何か特別なことをしなくてはいけないというものでなく、私たちにとって、全くの恩寵なのである。全く無条件の恩寵なのである。

 私たちが、「ハイ」と言って、その約束を受けるだけでいいのである。

 有望氏は、「試してごらん」と言っているのは、その事情を言っているのである。有望氏は、「試しに錠に鍵を入れてごらん。必ず開くよ。神様の約束は必ずかなえられるよ。神様がした約束だからね。」と言っているのである。

 神様は私たちと約束したいと願っておられる。さあ、神様の前に出よう!

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