2009年6月 3日 (水)

むなしい思いとよい思い

 旧約聖書の中の詩篇の著者はダビデ王と言われていますが、119編で彼は詠います。

   私はむなしい思いを憎みます。しかしあなたの
  おきてを愛します。
       詩篇 119篇 113節

 これはダビデの心からの告白であると思う。「むなしい思いを憎みます」ということは、ダビデはこのことで非常に悩んだことと思われる。どうしても、思いはすぐにむなしい思いに走ってしまう。だびでは主なる神のことをいつも思っていたいと思っていたことだろう。しかしまたむなしい思いに耽ってしまうのである。そういう葛藤の中で、ダビデは神のことを思うようになっていくのである。

 ある青年が師に苦しそうに言った。
「私にとって最大の悩みは、私の心に関することです。ああ、私の思いを制御することが出来たら!」

 師は青年に答えて言った。
「あなたは同時に二つのことを考えることは出来ません。このことを忘れないようにして下さい。よい思いをあなたのうちに入れなさい。そうすれば悪い思いは出て行かざるを得ないのです。このことを習慣として実行し続けなさい。そうすれば、神の助けにより、あなたは心を新たにされ、徐々に、しかし確実に、変えられることでしょう。」

 思いには、霊的な思いと肉的な思いがある。このような分け方も実際ある。しかし実際、この世の中に住んでいると、どうしても肉的な思いのほうが殆どになってしまう。いつも霊的な思いの中に入ることは出ない。

 肉的な思いにも、よい思いと悪い思いに分けることが出来る。
そうです、この二つの思いを同時に抱くことは出来ない。どちらか一つの思いしか抱くことは出来ないのである。

 そのようなときに、いつも、出来るだけ良い思いの方を選びなさいと、師は言うのである。

 全くそのとおりである。綿足たちはそのとき、良い思い、考えの方を選ばなくてはいけないのである。

 しかし、いつでもよい考えの方を選ぶということは尋常ではない。最初は悩んで悩んでよい方を選ぶということもあるかと思う。

 即座によい方を選ぶということは人間業ではないかもしれない。神に登場して貰わないといけないかもしれない。

 しかし神の登場の前に、私たちは時に訓練によって、時には強い意志によって、選び、それを習慣にまで高めないといけない。即座によいものを選んでいる。これが理想である。この理想を現実までに高めようというのである。

 少し長いけれども詩を書いてみよう。

   戸を開いて、大気を入れよ、
   風は快く、花は美しい。
   きょうの戸外には喜びがある。
   もし私たちが戸を広く開けるなら
   その喜びが入って来る。
   戸を開け!

   戸を開いて、太陽を入れよ、
   太陽は、すべての人に微笑みかける。
   太陽は、雨滴を黄金にし、宝石にした。
   太陽は、私たちの涙を冠に変えるだろう。
   戸を開け!

   魂の戸を開いて、罪を追い払う思いを入れよ、
   力強く純潔な思いを入れよ。
   それは、神の恵みによって成長し
   開花するだろう。
   その実は、ぶどうの実よりも甘いだろう。
   戸を開け!

   心に届く戸を開いて
   親族や客人への麗しい同情を入れよ、
   それは、心の広間をこの上なく麗しくする。
   天使たちでさえそのために
   気づかずにそこへ入って来るだろう。
   戸を開け!
                  作者不明

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2008年11月20日 (木)

新島襄の新しき知識(2)

 新島襄は友人の家で、新しき知識を得た。それは聖書との出会いであった。聖書を通して、新しき知識を得れたのである。

 米国人の牧師の書いた漢字で書かれた聖書であった。聖書の中の重要な箇所が書かれたものであった。

 彼はもっと聖書知りたい、米国を知りたいという気持ちが高揚してきて、ついに函館から日本を脱出したのである。新島襄の気持ちは、「私は神に感謝し、神を信じ、神のために誠心誠意を尽くさなければならない」ということであった。

 新島襄はアメリカのアーモスト大学で学んだ。物凄く一生懸命に勉強した。

 新島襄は言う。
    
「日本を改革するには、二個のダイナマイトが
    ある。即ち、学校と教会である。」

 新島襄はアメリカで、日本からの使節団の通訳などを通して、官吏になる事を勧められるが、彼はしっかりとした目的を持って日本に帰るのである。

 新島襄は日本にキリスト教を土台として、学校を作ろうという大望を抱いているのである。

 彼は言う。
     
「行け、行け、行け、平和に! 強かれ!
    
霊妙なる御手汝を導かん。」

   ”Go,go,go in peace!  Be strong!
        Mysterious hando guides you
.” (元は英語で)

  同志社設立は順調に進んでとはいえない。いろいろな障害を乗り越えて、多くの人たちの熱い祈りや捧げものにより、犠牲により、設立したのであった。

 新島襄を始めとする祈りは、前進あるのみであった。

 新島襄は言う。
      
世に処するのは恰も霧に包まれた山を登って
     行くやゆなものである。目前の一歩だけは見
   
  える。その一歩一歩を辿って行くのみである。」

  新島襄のことに見るような、彼の信仰が同志社を設立したのである。

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2008年11月17日 (月)

新島襄の新しき知識 (1)

  新島襄というと、同志社大学の創立者である。今回は新島襄の新しき知識ということについて書きたいと思う。

 新島襄は1847年に産声を上げた。
大きく成長した、ある日のこと、彼の友人が合衆国の地図を貸してくれた。これはある米国の牧師が漢字で書いたものであった。彼は何度も見、、何度も読んで、すっかり驚いた。

 大統領の選挙、無月給学校の設立、貧民院、感化院、機械作業など、すっかり気に入ったのである。

 彼、新島襄は、あらゆる国の政府は合衆国の大統領のようでならなければないと考え、呟いたのである。

 「日本の統治者よ、なぜ君は我々を犬か豚のように抑圧するのか。我々は日本の人民だ。もし我々を統治する、君は我々を自分の子の如く愛しなければならない。」

 

 彼はもと米国の事情を研究したいと思ったが、不可能であった。

またある日のこと、友人の家を尋ねて、その書斎に小さな聖書があるのを発見した。牧師が漢字で書いた聖書で、重要な箇所が書かれていた。特に重要な聖書の言葉のみ書かれていた。

 彼は友人から借りた聖書を夜な夜な読んだそうである。

 これを読めば彼の家の者を悉く死罪に処するこの未開国の法律を彼は新島襄は恐れたのである。

 新島襄は言う。

   自分を造った者は誰か?父母か?いや、わが神である。神はわが両親を造り、両親に私を作らせたのである。 この机を作った者は誰か。大工か、?いや、わが神である。神が地上に樹木を生じさせてた。その樹木をもちいて、大工がわたしの机を造ったのである。わたしは神に感謝し、神を信じ、神のために誠心誠意」、尽くさなければならない。

 新島襄はもっと聖書について知りたかった。研究したかった。しかし周囲には外国宣教師はいなかった。

 それで、彼は、福音が自由に教えられている国、神の言葉を伝える教師を派遣した米国へ行きたいと思い始めたのである。

 いわば、動乱の世に、新島襄は新しい知識に出会ったのである。

 ついに彼は国禁を犯して、アメリカに向かうのであった。

時は、彼が19歳の1964年であった。

 1984年には、池田屋事件が起き、 蛤御門の変があり、第1回長州征伐があった。このような年であった。

 この頃の彼は17、8歳であった。

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