2009年8月 5日 (水)

沈黙

もうかれこれ十数年前のことであるが、カール・ヒルティのある言葉に出会った。そのことを最近思い出し、もう一度読み直してみた。今回は、この文を紐どいて見たいと思う。ヒルティの「眠られぬ夜のために 一月十日」である。

 「沈黙で失敗する者はない。」 このいささか風変わりな言葉は、さまざまな社会的地位にあって、成功を収め、人に抜きんでた私の親友の一人が、いつも口にしていた文句であった。実際、きわめて多くの面倒で不愉快な人生のいざこざも、「自分の意見発表」は、たいてい、ただ双方の意見の食い違いを一層際立たせるだけで、時には自体を収拾のつかないものにしてしまうことがある。

  「よく考えておきましょう」という言葉も、ひどく激し易い人や、気心や決心が変わり易い人に対しては、しばしば奇跡的な効果がある。
 文通の場合にも、返事したくないことには答えず、また催促されてもこの決心を変えないことが、多くの不快な議論を打ち切る確かな方法である。ところが、大部分の人が、三度目にはその決心を翻してしまう。
 しかし、改めさせることの出来る、また改めさせねばならない明白な不正に対しては、沈黙してはならない。不正を心ひそかに憎みながら黙っているのも、間違いである。
         眠られぬ夜のために  一月十日

  世に、「沈黙は金、雄弁は銀」という諺があるけれども、 語ることが銀となる場合はまだ良いかもしれないけれども、人間関係においては、銀になることは少ないかと思う。双方正に、事態の収支がつかなくなってしまうのである。 ヒルティの言うとおりである。 

 一度、自分を振り返ってみては如何だろうか。 自分は控えめだと思っていても、案外、ものを言っている時があるものである。そしてこれまた、以外に、自分の語ったことがプラスにはなっていないことが多いのである。

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