2009年7月28日 (火)

裁判員制度始まる

 今朝の新聞によると、東京地裁で8月3日から開かれる全国初の裁判員裁判で、殺人罪に問われた被告について、裁判官と裁判員が入廷する前に、法廷で、手錠と腰縄をはずすことが27日、地裁、検察、弁護側で決まった。

 また協議で、被告人は被告人席ではなく弁護人席に座靴のように見えるスリッパを履くようである。

 今まではどのようであったのかは詳しくは知らないが随分と変わったようである。

 それはともかく、いよいよ裁判員制度が始まるのである。以前にも書いたが、私には死刑に賛成の一票は投じることが出来ない。

 個々に、カール・ヒルティの「眠られぬ夜のために」五月十三日の文章を読んでみよう。

   キングスレーの大変美しい言葉に、「人の心を見て慈悲を持て。行いだけを見て責めるな」というのがある。これは神の教えにも等しい。正しい人間知識を表す教えである。この言葉はどこの法廷にも掲げておくべきである。

 しかしその逆に、正しい心情から出たものでない行為を高く評価するな、ということもまた真実である。この方は、歴史の教室に書いておくべきである。

 人間のからだ全体が明るくなれば、すなわち、純動物的なものがまったく無くなれば、それは精神をも明るくするし、強めるであろうという言葉は、かつて肉体について語られた最も意味深いものであって、将来の医学にとってその基本的信条となるであろう。ルカによる福音書11:36。 
 これに反して、その聖句の前の三十五節は哲学にとっての主導的思想である。

 * ルカ11:36 「もしあなたの体全体が明るくて、暗
       い部分が少しもなければ、ちょうど、明かりが輝い
       て、あなたを照らすときのように、全身が明るくな
       るであろう。」

 * ルカ11:35 「あなたの内なる光が暗くならない
       ように注意しなさい。」

  裁判員制度がどのような展開をしていくか見守って行きたいものである。

 是非、ヒルティとキングスレーの言葉を味わいながら、裁判員制度のことを考えてみようではありませんか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)